ずっと昔 人々がまだ生まれたてのころ 自由の地があった 人々はその地を一目見たいと願った 自分自身のユートピア そこにゆけば、どんな夢も叶うという・・・・・・ ミッターマイヤーが家に帰ると、エヴァが子ども達に絵本を読んでいた。 「あ、おかえりなさい、ファーター」 一番下の、それ故にいつもミッターマイヤーが溺愛していると評判のマリテレーゼがすぐに抱きついてくる。 「ねえ。ファーターはなにお願いする?」 「・・・なんの話だい?」 「親指トムってお話なのよ」 「親指トム?」 「そうよ」 小さな村で木こりをする正直者のジョナサンは 森の女王に、森一番の木を切らないでと頼まれ、これを守ります。 森の女王は大変喜び、ジョナサンに木を切らなかったかわりに3つのお願いをかなえると約束します。しかし、ジョナサンはどうでもいいことを二つも頼んでしまいました。 最後に小さくてもいいから子供がほしいと言うと、 小さな少年トムが家に現れ、ジョナサンの子供となります。 「ほう・・・グリム童話かい?」 「よく知ってるのね、ファーター」 フレイアが感心するように言う。 「ボクだったらなにを頼むかなぁ?」 ヨハネスが考えるように言う。 「どうせ、明日もまたおいしいおやつが食べられるように、とか、宿題が少ないように、とか、そういうことばっかりでしょ?」 フレイアがからかうように言う。 「いいじゃない!ムッターのケーキ、おいしいんだから・・・」 「ぼくは・・・そうだな、かわいいお嫁さんがほしい」 とフェリックス。それを聞いて、フレイアが少しふくれる。 「目の前にこんなにすてきなレディがいるのにな」 ミッターマイヤーがフレイアの頭をなでる。 「そうよね」 と、すぐにご機嫌が直るフレイア。 ませているようでも、まだまだ父親が大好きな小さな女の子だ。 「いくらすてきでも、フレイアは妹だよ」 フェリックスが怒ったように言う。 ミッターマイヤーの表情がかすかに動く・・・が、すぐに元に戻る。 「わたしだったら、すてきな人が恋人になってくれるように、って」 「・・・おい、いくつだったっけ?フレイア」 とミッターマイヤー。 「8歳よ、もう立派なレディよ」 「8歳・・・まだまだがきだよ」 と、フェリックスが憎まれ口をきく。 「・・・ねえ、ファーターならなにをお願いしたい?」 マリテレーゼが無邪気に聞く。 「そうだな・・・エヴァも、おまえたちも、みんなが幸せになるように」 「まあ、あなた、それは少し贅沢じゃありません?みんななんて」 「だって、誰かひとりでも幸せじゃないなら、おれは幸せじゃないぞ」 「まあ、ウォルフったら」 「・・・次は?」 フレイアが、先を促すように言う。 「2つめは、・・・そうだな、せっかく訪れた平和が今からもずっと続くように」 「まじめなんだね」と、ヨハネス。 「自分のことがないじゃない。なにかないの?」 フェリックスが聞く。 「そうだな・・・内緒だ」 ミッターマイヤーは片目を軽くつむり、にこりと笑う。 ・・・その笑顔を見てエヴァは少し笑う。 ・・・きっと、この人の3つ目の願い事は。 その夜は月がなかった。 ・・・まさに、降ってくるかのような、満天の星。 ミッターマイヤーは自室の窓を開け、星を見つめていた。 むかし母親が話してくれた、おとぎ話。 今日は、天帝に引き裂かれた恋人達が、一年に一度会える日。 口に出せなかった3つ目の、一番かなってほしい願いを、ミッターマイヤーは口にする。 「オスカー・・・お前に、会いたい」 『なんだ、疾風ウォルフらしからぬ、気弱な声を出して』 忘れたことのない、甘いテノールの声。 ミッターマイヤーはふり返る。 そこには・・・なつかしい金銀妖瞳が、いつになく優しい色をたたえている。 「オスカー・・・」 死んだはずのロイエンタールが、昔のままの姿で、そこにいる。 「ひさしぶりだな」 「ああ・・・・・・おまえ、ずるいぞ」 「なにが?」 「自分だけあのときのままの姿で・・・おれはもう40男だぞ」 「まだ充分に若く見えるぞ、ウォルフ・・・・・・お前の3つ目の望みは、これか?」 「うん・・・」 「そこに、来ていいか?」 「うん」 ロイエンタールは、ミッターマイヤーのそばまで来て、床に座る。 それを見て、ミッターマイヤーが笑う。 「行儀が悪くなったな」 「お前も座らないか?こうすれば、身長差が気にならなくなる」 「またからかう!・・・その性格は、ヴァルハラに行っても変わらないな」 「そうだな」 二人は、顔を見合わせて笑う。 「そういえば、ヴァルハラでたちの悪い友人ができてな、そいつはいつも艦橋であぐらをかいて指揮をしたそうだ」 「それは、行儀がかなり悪い指揮官だな・・・少なくとも帝国の人間じゃないな、おれはそんな提督を知らない」 「帝国じゃないが、お前もよく知っている人物だぞ」 「だれだ?」 「お前がヴァルハラに来たときに教えてやる」 「紹介してくれるか?」 「ああ・・・お前に似てるぞ、しょっちゅう昼寝ばっかりしている」 「なんだ、それは?」 「いや、なんでもない・・・どうした?」 ロイエンタールは、黙りこくってしまったミッターマイヤーをそっと引き寄せる。 「もしかしたら、妬いてくれているのか?」 「・・・・・・相変わらずのおおばか野郎だな」 そう言うミッターマイヤーの声が震えている。 「・・・ウォルフ?」 「・・・会いたかった」 それだけ言うと、ミッターマイヤーはロイエンタールを抱きしめる。 もういない人のはずなのに、確かに腕の中には存在感がある。 「・・・もう、消えないよな?」 「ああ」 「そばにいる?」 「ああ、お前が望むなら」 「おれはいつもそう願っていたのに・・・離れていったのはお前じゃないか」 「今度はこんなことはしない。・・・お前が望むなら、いつでもそばにいてやる」 「・・・うそつき」 「うそじゃない・・・おれはずっとお前のそばにいたいと望んでいるから」 「オスカー」 「目を閉じてみろ、ウォルフ」 言われて、ミッターマイヤーは素直に目を閉じる。 「・・・こうか?」 「死んだ人間の思いは、風になり、空気になり、愛する者を包んでいるそうだ」 「え?」 「誰かが言っていた。おれはそれほどロマンチストじゃないが、な」 「・・・」 「ほら、いつもお前はおれを感じることができるだろう?・・・いつもそばにいる」 「・・・信じられない」 「ウォルフ」 「・・・約束してくれないか?何か、約束の印を・・・」 「わかった」 ロイエンタールは、ミッターマイヤーの額にキスをする。 「・・・これだけ?」 ロイエンタールは、そう言われて苦笑する。 「年を重ねて、ますますだだっ子になったな、ウォルフ」 「悪かったな」 「ムッター!ファーター、行儀悪いんだよ!お部屋の床に寝てる」 ミッターマイヤーの部屋を覗いたヨハネスが、エヴァを呼ぶ。 「あらあら・・・・」 エヴァは苦笑して、ヨハネスをだっこする。 「お疲れになっていらっしゃるのよ、少しそのままにしておきましょう」 「でも、ムッター、ファーター泣いてるよ」 そう言われて、エヴァは夫を見る。 ・・・涙のあとがある。しかし、表情は安らかだ。 「これはいいのよ、ヨハネス。これは嬉しい涙なの」 「そうなの?」 「何か、嬉しい夢をごらんになっていらっしゃるのよ。・・・そっとしておいて差し上げましょう」 「うん」 大人って、嬉しいときも泣くのか・・・ヨハネスには不思議だった。 ミッターマイヤーを、安らかな、幸せな夢が包む。 |
BGM:F.Chopin “To Love Again”
2002年七夕記念 初めはキリリクのつもりで書いていたのですが・・・。